2007年06月10日
修学旅行シーズン
関西に住んでいた者にとって小学校の修学旅行といえば、
伊勢方面というのが大体の定番地でした。
中でも伊勢への修学旅行は、近鉄沿線に住んでいた者にとって、
普段乗れない「あおぞら号」に乗れるチャンスでもあり
実は旅行自体よりも楽しみにしていたものでした。
しかし「あおぞら号」自体は希望校が多かったらしく、
競争率が高くて割り当てられるのが困難だったとか。

しかも割り当てられても片道のみで、もう一方は2600系使用の
団体列車か、一般急行列車に混乗というケースが普通でした。
実は私の通っていた小学校は当初「あおぞら号」と聞かされていた
のに、実際にやってきたのが2600系だったという、
ちょっと苦い経験もあったりするのですが‥
20100系自体には後年臨時快速急行に運用されたりしていて
乗車する機会があったのですが、当時の高校生にとっては
流石に狭くてあまり良い印象ではなかったのを記憶してます。
現代の小学生はというと、伊勢方面へは「二代目あおぞら2」
かLCカー、もしくは特急車貸切という選択肢だとか。
しかしそれよりも観光バス利用が一般的になってしまい、
鉄道利用自体が減ってしまっているのは少し残念。
まあ出発が朝ラッシュ時にかかってしまう事や、
少子化で生徒数が減ったり、バスの方が
小回りが効く等の理由もあるのでしょうね。
伊勢方面というのが大体の定番地でした。
中でも伊勢への修学旅行は、近鉄沿線に住んでいた者にとって、
普段乗れない「あおぞら号」に乗れるチャンスでもあり
実は旅行自体よりも楽しみにしていたものでした。
しかし「あおぞら号」自体は希望校が多かったらしく、
競争率が高くて割り当てられるのが困難だったとか。
しかも割り当てられても片道のみで、もう一方は2600系使用の
団体列車か、一般急行列車に混乗というケースが普通でした。
実は私の通っていた小学校は当初「あおぞら号」と聞かされていた
のに、実際にやってきたのが2600系だったという、
ちょっと苦い経験もあったりするのですが‥
20100系自体には後年臨時快速急行に運用されたりしていて
乗車する機会があったのですが、当時の高校生にとっては
流石に狭くてあまり良い印象ではなかったのを記憶してます。
現代の小学生はというと、伊勢方面へは「二代目あおぞら2」
かLCカー、もしくは特急車貸切という選択肢だとか。
しかしそれよりも観光バス利用が一般的になってしまい、
鉄道利用自体が減ってしまっているのは少し残念。
まあ出発が朝ラッシュ時にかかってしまう事や、
少子化で生徒数が減ったり、バスの方が
小回りが効く等の理由もあるのでしょうね。
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