2008年07月01日
2008年06月26日
2008年06月21日
近鉄の撮影地 赤目口付近
5月下旬の晴れ間のある日、またまた仕事の合間
(最近こればっかりな気が)をぬって
名張近辺で3時間ほど近鉄電車を撮影してました。
近鉄大阪線の三本松~赤目口間も「ハセハイ」と同様、
昔からの好撮影地で有名な所です。
特に名古屋や伊勢へ向かう特急電車群は、伊賀の山中を越えて
平坦区間に差し掛かる場所なので速度も高く、
高速電車の醍醐味を味わえる区間でもあります。
写真は5200系を先頭にした区間快速急行の10連と、
名古屋へ向かう12400,12200系の特急です。
順光では撮影できる場所の少ない大阪線の10連列車ですが、
土地の開けたこの場所では楽々収まってくれます。

比較的変化の少なかった12400、12410、12600系といった
通称サニーカーも、最近行き先表示に小改造が施された
車両があり、若干印象に変化が現れたようです。

(最近こればっかりな気が)をぬって
名張近辺で3時間ほど近鉄電車を撮影してました。
近鉄大阪線の三本松~赤目口間も「ハセハイ」と同様、
昔からの好撮影地で有名な所です。
特に名古屋や伊勢へ向かう特急電車群は、伊賀の山中を越えて
平坦区間に差し掛かる場所なので速度も高く、
高速電車の醍醐味を味わえる区間でもあります。
写真は5200系を先頭にした区間快速急行の10連と、
名古屋へ向かう12400,12200系の特急です。
順光では撮影できる場所の少ない大阪線の10連列車ですが、
土地の開けたこの場所では楽々収まってくれます。
比較的変化の少なかった12400、12410、12600系といった
通称サニーカーも、最近行き先表示に小改造が施された
車両があり、若干印象に変化が現れたようです。
2008年06月15日
スナックカーの全盛期は?
スナックカーで思い出されるのは、2両編成で
名阪ノンストップ特急に運用されていた姿だと思います。
しかしこの時期は名阪特急低迷期でもあり、
全盛期と呼ぶのは正直違和感がありますが‥
スナックコーナーの営業をしていた期間は10年にも満たず、
当初予定されていた賢島特急での営業も結局無かったように
記憶してます(正直あやふやな記憶ですが)
私の中ではスナックコーナー=弁当が積まれた
車販基地という印象しかありませんでした。
写真は12200系のスナックコーナー改造後の姿で、
定員8名分の座席が設置されていた頃の姿です。

もう一枚は全車12000、12200系スナックカーで編成された8連です。
よくみると既に撤去済みの車両も含まれていますが。

名阪ノンストップ特急に運用されていた姿だと思います。
しかしこの時期は名阪特急低迷期でもあり、
全盛期と呼ぶのは正直違和感がありますが‥
スナックコーナーの営業をしていた期間は10年にも満たず、
当初予定されていた賢島特急での営業も結局無かったように
記憶してます(正直あやふやな記憶ですが)
私の中ではスナックコーナー=弁当が積まれた
車販基地という印象しかありませんでした。
写真は12200系のスナックコーナー改造後の姿で、
定員8名分の座席が設置されていた頃の姿です。
もう一枚は全車12000、12200系スナックカーで編成された8連です。
よくみると既に撤去済みの車両も含まれていますが。
2008年06月12日
2008年06月07日
2008年05月24日
2008年05月17日
2008年05月14日
2008年05月08日
2008年04月27日
2008年04月19日
京阪の撮影地
新線開通に新車登場、そして塗装変更‥
京阪はただでさえカメラを向ける人が多い気もしますが、
多分これから撮り鉄が集中しそうです。
比較的関西の電鉄線の中では撮影地が多い方だとは思いますが、
大半がホームからの撮影となってしまうので、
危険の無いようにしたいものです。
個人的には八幡市~淀間の鉄橋付近が好きでしたが、
最近の高速道路等の開通の影響でかなりアングルが
限られるようになってきました。

複々線区間ではどの駅でもそれなりに撮影できますが、
有名なのは大和田駅の淀屋橋寄ホーム。
但しとてもカメラマンが集中するので個人的には
避けるようにしています。

また列車密度の高い区間なので、列車同士の交差、
併走と、様々なアングルで撮れるのが
京阪複々線区間の魅力だと思いますね。

京阪はただでさえカメラを向ける人が多い気もしますが、
多分これから撮り鉄が集中しそうです。
比較的関西の電鉄線の中では撮影地が多い方だとは思いますが、
大半がホームからの撮影となってしまうので、
危険の無いようにしたいものです。
個人的には八幡市~淀間の鉄橋付近が好きでしたが、
最近の高速道路等の開通の影響でかなりアングルが
限られるようになってきました。
複々線区間ではどの駅でもそれなりに撮影できますが、
有名なのは大和田駅の淀屋橋寄ホーム。
但しとてもカメラマンが集中するので個人的には
避けるようにしています。
また列車密度の高い区間なので、列車同士の交差、
併走と、様々なアングルで撮れるのが
京阪複々線区間の魅力だと思いますね。
2008年04月16日
2008年04月12日
河内堅上と石切の桜
私の地元関西では、今年の桜の開花は若干早かったようです。
でも途中冷え込んだ日もあったりして、
結構長く咲いていたみたいですね。
色もあまり白くならずにカメラマンとしてはまずは満足。
撮り鉄としては私が毎年必ず訪れているのが、
JRの河内堅上駅と近鉄の石切駅です。
どちらも最近車両の動きが結構激しくて、
そちらの面でも見逃せません。
河内堅上駅の方は201系と221系がメインですが、
一度運用数の減少した103系も、おおさか東線開業に伴う
運用数の増加のために、日根野や森ノ宮から数本
転属してきたため再びよく見かけるようになりました。

近鉄石切駅の方も見頃で同業者多数でした。
阪神線との直通運転を間近に控えているため、
阪神1000系が最近高安に搬入されたようです。
研修とPRを兼ねて奈良線での運転も近いみたいなので、
こちらも楽しみです。

でも途中冷え込んだ日もあったりして、
結構長く咲いていたみたいですね。
色もあまり白くならずにカメラマンとしてはまずは満足。
撮り鉄としては私が毎年必ず訪れているのが、
JRの河内堅上駅と近鉄の石切駅です。
どちらも最近車両の動きが結構激しくて、
そちらの面でも見逃せません。
河内堅上駅の方は201系と221系がメインですが、
一度運用数の減少した103系も、おおさか東線開業に伴う
運用数の増加のために、日根野や森ノ宮から数本
転属してきたため再びよく見かけるようになりました。
近鉄石切駅の方も見頃で同業者多数でした。
阪神線との直通運転を間近に控えているため、
阪神1000系が最近高安に搬入されたようです。
研修とPRを兼ねて奈良線での運転も近いみたいなので、
こちらも楽しみです。
2008年04月04日
2008年03月22日
直通快速に乗ってみて。
改正から一週間がたちましたが、地元大和路線を利用しての
感想を何点か挙げてみました。
まずおおさか東線開業による運転系統の変化がありましたが、
直通快速の運転される時間がイマイチ解りづらい。
平日、休日とも時間帯は少し違うが1日4往復のダイヤで
設定されました。しかしいざ利用しようとすると、時間が
一定ではないので正直乗り難い印象です。
せっかくの223系の新車も、たった1往復の運用では
勿体無い気がします。
まあ奈良駅の高架工事や新大阪駅乗り入れを後に控えての
暫定的なダイヤだと思われるので、今後に期待という
ところでしょうか。
乗った印象は静かでラッシュ時でもあまり混まずに快適、
もっと宣伝告知をしてもいいと思います。
また一部車両では利用目的や区間などのアンケートが
行われていました。

同様に、久宝寺や放出駅のホームでも乗客の流動調査が
行われていますが、やはりおおさか東線の電車と
大和路線普通電車を誤乗する人が多いように思いました。
また改正にあたって行き先表示幕にラインカラーを入れる等の
作業もおこなわれています。

感想を何点か挙げてみました。
まずおおさか東線開業による運転系統の変化がありましたが、
直通快速の運転される時間がイマイチ解りづらい。
平日、休日とも時間帯は少し違うが1日4往復のダイヤで
設定されました。しかしいざ利用しようとすると、時間が
一定ではないので正直乗り難い印象です。
せっかくの223系の新車も、たった1往復の運用では
勿体無い気がします。
まあ奈良駅の高架工事や新大阪駅乗り入れを後に控えての
暫定的なダイヤだと思われるので、今後に期待という
ところでしょうか。
乗った印象は静かでラッシュ時でもあまり混まずに快適、
もっと宣伝告知をしてもいいと思います。
また一部車両では利用目的や区間などのアンケートが
行われていました。
同様に、久宝寺や放出駅のホームでも乗客の流動調査が
行われていますが、やはりおおさか東線の電車と
大和路線普通電車を誤乗する人が多いように思いました。
また改正にあたって行き先表示幕にラインカラーを入れる等の
作業もおこなわれています。
2008年03月15日
2008年03月01日
2008年02月13日
奈良駅の珍客
高架工事真っ最中のJR奈良駅ですが、昔多くのSLがたむろした
機関区周辺の変化に驚きます。
写真は地上駅時代の珍客の写真を2枚。
最初は今から20年程前に「あなたとなら、大和路キャンペーン」の
一貫で運転された、C56によるイベント列車が運転された時のカット。
正直奈良機関区とは何の縁も無かったカマだが、
久しぶりに大和路にSLが走るとあって、沿線は大賑わいだった記憶があります。

もう一枚は珍客中の珍客、トワイライト・エクスプレス。
数年前に何度か運転された、和歌山発阪和~阪和貨物~大和路、奈良線経由で
北海道に向かった臨時列車です。
残念ながら最近は阪和貨物線の休止や奈良駅高架工事の影響で、
運行することは出来ないそうですが‥
普段特急や長距離列車の無い奈良駅が、一瞬華やいだ瞬間でした。

機関区周辺の変化に驚きます。
写真は地上駅時代の珍客の写真を2枚。
最初は今から20年程前に「あなたとなら、大和路キャンペーン」の
一貫で運転された、C56によるイベント列車が運転された時のカット。
正直奈良機関区とは何の縁も無かったカマだが、
久しぶりに大和路にSLが走るとあって、沿線は大賑わいだった記憶があります。
もう一枚は珍客中の珍客、トワイライト・エクスプレス。
数年前に何度か運転された、和歌山発阪和~阪和貨物~大和路、奈良線経由で
北海道に向かった臨時列車です。
残念ながら最近は阪和貨物線の休止や奈良駅高架工事の影響で、
運行することは出来ないそうですが‥
普段特急や長距離列車の無い奈良駅が、一瞬華やいだ瞬間でした。
2008年02月10日
黒岩デザインのマーク
銀河、なは、あかつきの廃止の影に隠れてしまっている感もあるが、
日本海の減便も私的には気になります。
発表された情報によると、現行の1、4号のスジに近い形で残り、
客車が東日本持ちになるとの事。
銀河が廃止されるのだから、客車共用の関係で西日本持ちの
編成が消えるのは仕方ないのでしょうね。
しかしブルトレ世代のオヤジとしては、
ブルー・トレイン=青い客車+白帯(まぁ銀でもいい)
それに「黒岩保美デザインのヘッドマーク」
は欠かせない存在なんです。
更に牽引機も基本的に国鉄色維持のEF81ローズピンクとなれば、
もう21世紀の現在としては、奇跡的な取り合わせと
言っていいのではないでしょうか。
改正後は敦賀区のEF81が運用が減少する事は間違いない今、
ローズピンク色に日本海のマークの取り合わせも
減ってしまうのでしょうかね?

日本海の減便も私的には気になります。
発表された情報によると、現行の1、4号のスジに近い形で残り、
客車が東日本持ちになるとの事。
銀河が廃止されるのだから、客車共用の関係で西日本持ちの
編成が消えるのは仕方ないのでしょうね。
しかしブルトレ世代のオヤジとしては、
ブルー・トレイン=青い客車+白帯(まぁ銀でもいい)
それに「黒岩保美デザインのヘッドマーク」
は欠かせない存在なんです。
更に牽引機も基本的に国鉄色維持のEF81ローズピンクとなれば、
もう21世紀の現在としては、奇跡的な取り合わせと
言っていいのではないでしょうか。
改正後は敦賀区のEF81が運用が減少する事は間違いない今、
ローズピンク色に日本海のマークの取り合わせも
減ってしまうのでしょうかね?
2008年02月09日
2008年01月24日
2008年01月20日
2008年01月17日
2008年01月16日
おおさか東線
年末年始は相変わらずバタバタと過ごしてしまい、
挨拶まわりや行事の撮影に借り出されたりで
休みはあっと言う間に終ってしまいました。
おおさか東線の開通を3月に控え、年末の12月29日から
103系と201系による乗務員の訓練運転が始まったようです。
また年明けからは直通快速に使用される223系も使用され、
徐々に開通に向けての動きが始まりました。
ダイヤの詳細はまだ発表されてませんが、大和路線から
おおさか東線へ直通する快速は朝夕の4往復のみの運転という事。
まあこれはまだ様子見という感じでしょうか?

しかし使用車両で気になるのが103系。年末のブログで
運用に就いてるのが1本のみと書いたが、写真のように
クハ103-51の編成が試運転列車として復活。
もし3月改正でおおさか東線の普通列車を奈良電車区の
通勤型6連で賄うのだとしたら、当然本数が不足すると
思われるので、逆に103系を転入したりするのでしょうか?
だとしたら103系の生命力はホントに凄いですね。
挨拶まわりや行事の撮影に借り出されたりで
休みはあっと言う間に終ってしまいました。
おおさか東線の開通を3月に控え、年末の12月29日から
103系と201系による乗務員の訓練運転が始まったようです。
また年明けからは直通快速に使用される223系も使用され、
徐々に開通に向けての動きが始まりました。
ダイヤの詳細はまだ発表されてませんが、大和路線から
おおさか東線へ直通する快速は朝夕の4往復のみの運転という事。
まあこれはまだ様子見という感じでしょうか?
しかし使用車両で気になるのが103系。年末のブログで
運用に就いてるのが1本のみと書いたが、写真のように
クハ103-51の編成が試運転列車として復活。
もし3月改正でおおさか東線の普通列車を奈良電車区の
通勤型6連で賄うのだとしたら、当然本数が不足すると
思われるので、逆に103系を転入したりするのでしょうか?
だとしたら103系の生命力はホントに凄いですね。
2007年12月14日
2007年12月08日
2007年12月03日
モ2250系の事で‥
模型を見ていて思い出したのだが、2250系には前から
疑問に思っていた点がいくつかあります。
まず塗装の変更のことだが、一応認識では以下のように記憶してました。
昭和28年の登場時~昭和35年頃
クリームイエローとダークブルー
昭和35年(10100系登場後)昭和38年格下げまで
オレンジとダークブルー
格下げ後~昭和41年頃
ダークグリーン(全車3扉セミクロス、冷房機搭載)
昭和41年頃~廃車まで
マルーンレッド(昭和45年頃に一部車両を除きロング化、冷房機撤去)
しかし特急車時代のカラー写真をみると、冷房化以降の写真で
黄色味が強い車両もあるし、どうみてもビスタカーのオレンジに
見えない車両もある。カラーなので経年による変化もあるだろうが、
詳しい資料があまり無いのが残念です。
写真は名古屋線急行で活躍する晩年の姿で、台車の交換も行われていた時のものです。

疑問に思っていた点がいくつかあります。
まず塗装の変更のことだが、一応認識では以下のように記憶してました。
昭和28年の登場時~昭和35年頃
クリームイエローとダークブルー
昭和35年(10100系登場後)昭和38年格下げまで
オレンジとダークブルー
格下げ後~昭和41年頃
ダークグリーン(全車3扉セミクロス、冷房機搭載)
昭和41年頃~廃車まで
マルーンレッド(昭和45年頃に一部車両を除きロング化、冷房機撤去)
しかし特急車時代のカラー写真をみると、冷房化以降の写真で
黄色味が強い車両もあるし、どうみてもビスタカーのオレンジに
見えない車両もある。カラーなので経年による変化もあるだろうが、
詳しい資料があまり無いのが残念です。
写真は名古屋線急行で活躍する晩年の姿で、台車の交換も行われていた時のものです。
2007年12月01日
近鉄2250系
2007年11月28日
2007年11月27日
南海
先週の午前中、難波での打ち合わせがキャンセルになったので、
前から気になっていた南海電車をスナップしてきました。
といっても遠方には行けないので、新今宮周辺で何枚かを
撮影しただけですが。
狙いは朝10時難波発ラピートとこうや号の同時発車。
それに本線の普通に運用を開始したズームカーの様子など。
ラピートとこうや号の同時発車は、以前から何度か狙っていたが、
天候が直前に曇ったり、タイミングがイマイチ等で
気に入ったカットが撮れませんでした。
今回はまあまあのタイミングで頭を揃えてくれましたが、
こんな時にはメインの機材を持ってない‥
上手く行かないもんですね。

本線にコンバートされたズームカーは朝ラッシュを終えると
頻繁に普通運用で見かけました。
勿論高野線運用にも急行運用をメインに‥と思ってたら、
結構区間急行やら各停でも見かけたのは意外でした。

前から気になっていた南海電車をスナップしてきました。
といっても遠方には行けないので、新今宮周辺で何枚かを
撮影しただけですが。
狙いは朝10時難波発ラピートとこうや号の同時発車。
それに本線の普通に運用を開始したズームカーの様子など。
ラピートとこうや号の同時発車は、以前から何度か狙っていたが、
天候が直前に曇ったり、タイミングがイマイチ等で
気に入ったカットが撮れませんでした。
今回はまあまあのタイミングで頭を揃えてくれましたが、
こんな時にはメインの機材を持ってない‥
上手く行かないもんですね。
本線にコンバートされたズームカーは朝ラッシュを終えると
頻繁に普通運用で見かけました。
勿論高野線運用にも急行運用をメインに‥と思ってたら、
結構区間急行やら各停でも見かけたのは意外でした。
2007年11月11日
新幹線乗り比べ
前回の書き込みが6月‥
我ながら情けなくなるようなインターバルです。
公私共に忙しくて殆ど趣味の撮影に行けなかったのが
何とも悔やまれます。
その間決して鉄とは無縁の生活をしていたのではなく、
出張仕事の関係で東海道、山陽新幹線には毎週お世話に
なってました。
N700の営業運転開始や500系ののぞみ撤退開始等、
色んなニュースが流れる中、可能な限り様々な
種類の形式を乗ったりして‥
N700系‥つい最近博多~新大阪にて乗車できました。
山陽区間という事で300キロも体験してきましたが、
乗り心地は500系に対しては良好に感じました。
でも新車という点を考慮したら特に良好でも無い気もします。
車内の広さは感じますが、内装の印象は正直安っぽい印象で
正直好みではありませんでした。でも座ってしまえば大して
気にはなりませんけど。
問題はトイレ。男子トイレが廃止になったのは疑問点の一つ。
修学旅行で使用する事も多いのに、トイレの混雑&周囲の汚れが
とても気になりました。
実際乗った車両も洋式トイレ周囲は床がビショビショ、
せっかくの新車も台無しの汚れっぷりでした。
500系‥偶然グリーン車に乗せてもらう機会がありました。
座席がゆったりしているのは当然で、落ち着いた内装や照明と
ともに最も好きな車両のひとつです。
でもさすがに普通車は座席が小振りな事もあって、圧迫感は
否めません。レイルスターのように4列席にして山陽ひかりに
投入したら?と思ってましたが、山陽こだまに投入とのこと。
少々残念な気もするが、相当酷使されているのも事実。
16両を維持してるうちに撮影に行けたらいいのですが‥

我ながら情けなくなるようなインターバルです。
公私共に忙しくて殆ど趣味の撮影に行けなかったのが
何とも悔やまれます。
その間決して鉄とは無縁の生活をしていたのではなく、
出張仕事の関係で東海道、山陽新幹線には毎週お世話に
なってました。
N700の営業運転開始や500系ののぞみ撤退開始等、
色んなニュースが流れる中、可能な限り様々な
種類の形式を乗ったりして‥
N700系‥つい最近博多~新大阪にて乗車できました。
山陽区間という事で300キロも体験してきましたが、
乗り心地は500系に対しては良好に感じました。
でも新車という点を考慮したら特に良好でも無い気もします。
車内の広さは感じますが、内装の印象は正直安っぽい印象で
正直好みではありませんでした。でも座ってしまえば大して
気にはなりませんけど。
問題はトイレ。男子トイレが廃止になったのは疑問点の一つ。
修学旅行で使用する事も多いのに、トイレの混雑&周囲の汚れが
とても気になりました。
実際乗った車両も洋式トイレ周囲は床がビショビショ、
せっかくの新車も台無しの汚れっぷりでした。
500系‥偶然グリーン車に乗せてもらう機会がありました。
座席がゆったりしているのは当然で、落ち着いた内装や照明と
ともに最も好きな車両のひとつです。
でもさすがに普通車は座席が小振りな事もあって、圧迫感は
否めません。レイルスターのように4列席にして山陽ひかりに
投入したら?と思ってましたが、山陽こだまに投入とのこと。
少々残念な気もするが、相当酷使されているのも事実。
16両を維持してるうちに撮影に行けたらいいのですが‥
2007年06月10日
修学旅行シーズン
関西に住んでいた者にとって小学校の修学旅行といえば、
伊勢方面というのが大体の定番地でした。
中でも伊勢への修学旅行は、近鉄沿線に住んでいた者にとって、
普段乗れない「あおぞら号」に乗れるチャンスでもあり
実は旅行自体よりも楽しみにしていたものでした。
しかし「あおぞら号」自体は希望校が多かったらしく、
競争率が高くて割り当てられるのが困難だったとか。

しかも割り当てられても片道のみで、もう一方は2600系使用の
団体列車か、一般急行列車に混乗というケースが普通でした。
実は私の通っていた小学校は当初「あおぞら号」と聞かされていた
のに、実際にやってきたのが2600系だったという、
ちょっと苦い経験もあったりするのですが‥
20100系自体には後年臨時快速急行に運用されたりしていて
乗車する機会があったのですが、当時の高校生にとっては
流石に狭くてあまり良い印象ではなかったのを記憶してます。
現代の小学生はというと、伊勢方面へは「二代目あおぞら2」
かLCカー、もしくは特急車貸切という選択肢だとか。
しかしそれよりも観光バス利用が一般的になってしまい、
鉄道利用自体が減ってしまっているのは少し残念。
まあ出発が朝ラッシュ時にかかってしまう事や、
少子化で生徒数が減ったり、バスの方が
小回りが効く等の理由もあるのでしょうね。
伊勢方面というのが大体の定番地でした。
中でも伊勢への修学旅行は、近鉄沿線に住んでいた者にとって、
普段乗れない「あおぞら号」に乗れるチャンスでもあり
実は旅行自体よりも楽しみにしていたものでした。
しかし「あおぞら号」自体は希望校が多かったらしく、
競争率が高くて割り当てられるのが困難だったとか。
しかも割り当てられても片道のみで、もう一方は2600系使用の
団体列車か、一般急行列車に混乗というケースが普通でした。
実は私の通っていた小学校は当初「あおぞら号」と聞かされていた
のに、実際にやってきたのが2600系だったという、
ちょっと苦い経験もあったりするのですが‥
20100系自体には後年臨時快速急行に運用されたりしていて
乗車する機会があったのですが、当時の高校生にとっては
流石に狭くてあまり良い印象ではなかったのを記憶してます。
現代の小学生はというと、伊勢方面へは「二代目あおぞら2」
かLCカー、もしくは特急車貸切という選択肢だとか。
しかしそれよりも観光バス利用が一般的になってしまい、
鉄道利用自体が減ってしまっているのは少し残念。
まあ出発が朝ラッシュ時にかかってしまう事や、
少子化で生徒数が減ったり、バスの方が
小回りが効く等の理由もあるのでしょうね。
2007年05月31日
おそらく最初の鉄写真
ちょっと事情で実家の古いネガを調べてました。
親父も古くから写真に興味をもっていたので、
結構な量のネガが残されていて、整理するのに
ひと苦労でした。
親父は別に鉄道を撮っていた訳ではないので、
個人的に興味深いものは無かったのですが、
昭和49年頃のネガに明らかに「異質のモノ」が
写っていてビックリ!

前後のカットに近所のガキ友が写っていたので、
おそらく自分でカメラを持ち出して撮影したものだとは思うが、
殆ど覚えがない。また撮影した時期も1974年春頃なので
(そういえば10100,11400系ともスカートなしだ!)
私は小学校4年生、どんなカメラを使っていたのかも
まるで記憶がない。
場所は下田~二上間の直線区間で、周囲に家が少ないのも
なんとなく懐かしい。
特にビスタカーの写真、何処かで見覚えがあると思えば
プレスアイゼンバーン刊の参宮特急史に載っている
戦前の2200系写真と同一場所!
でも意外とよく撮れているのはちょっと嬉しい。
親父も古くから写真に興味をもっていたので、
結構な量のネガが残されていて、整理するのに
ひと苦労でした。
親父は別に鉄道を撮っていた訳ではないので、
個人的に興味深いものは無かったのですが、
昭和49年頃のネガに明らかに「異質のモノ」が
写っていてビックリ!
前後のカットに近所のガキ友が写っていたので、
おそらく自分でカメラを持ち出して撮影したものだとは思うが、
殆ど覚えがない。また撮影した時期も1974年春頃なので
(そういえば10100,11400系ともスカートなしだ!)
私は小学校4年生、どんなカメラを使っていたのかも
まるで記憶がない。
場所は下田~二上間の直線区間で、周囲に家が少ないのも
なんとなく懐かしい。
特にビスタカーの写真、何処かで見覚えがあると思えば
プレスアイゼンバーン刊の参宮特急史に載っている
戦前の2200系写真と同一場所!
でも意外とよく撮れているのはちょっと嬉しい。
2007年05月15日
2007年05月10日
2007年04月24日
近鉄特急が‥
今年で60周年を迎えるとの事。
誕生は1947年10月だからまだまだ世情不安定で、
そんな中座席指定(当初は号車指定)の特急を運転するのは
相当苦労があったことだと思う。
昭和30年代生まれの者にとっては近鉄特急=ビスタ・カーだったと
思うが、現実はスナック・カーやエース・カーといった貫通タイプの
特急車が短編成で頻繁に運転される印象にの方が強かった。
現在はアーバンライナーに代表される流線タイプの固定編成がイメージリーダーだが、そろそろビスタタイプの新車も見てみたい気もする。
写真は少し前だが原形アーバンライナーの最終日、青山町でのイベントの後上本町や京都に向かう臨時列車達。
ちょうど定期の21020系、23000系もほぼ続行してやってきたため
ほぼ同じ光線で撮影したもの。

誕生は1947年10月だからまだまだ世情不安定で、
そんな中座席指定(当初は号車指定)の特急を運転するのは
相当苦労があったことだと思う。
昭和30年代生まれの者にとっては近鉄特急=ビスタ・カーだったと
思うが、現実はスナック・カーやエース・カーといった貫通タイプの
特急車が短編成で頻繁に運転される印象にの方が強かった。
現在はアーバンライナーに代表される流線タイプの固定編成がイメージリーダーだが、そろそろビスタタイプの新車も見てみたい気もする。
写真は少し前だが原形アーバンライナーの最終日、青山町でのイベントの後上本町や京都に向かう臨時列車達。
ちょうど定期の21020系、23000系もほぼ続行してやってきたため
ほぼ同じ光線で撮影したもの。
2007年04月07日
2007年03月23日
桜ノ宮での賑わい
一昔前の大阪環状線といえば、オレンジ色の103系電車と時折やってくる関西線色の113系ばかりで、正直面白みに欠ける印象が強かったと思います。
しかし現在主力車の交代が行われている真っ最中で、豊かなバリエーションを誇る103系は勿論、201系のラッピング車も数多く現れるようになって、随分賑やかな路線になったなあいう気がしますね。
別に特急や貨物が走る訳でもないが、通勤電車しか走らない複線の路線としては阪和線と共に相当面白い存在であると思います。


写真は環状線の撮影名所での賑わいの様子。このうち青201系は本線筋での運用が終了した今、
関西で稼働しているのはこの1本のみなので貴重な存在となってしまいました。撮影の場所は間もなく名物の桜も開花して訪れる人も増えると思うが、狭い場所なので撮影の際は特にご注意を。
しかし現在主力車の交代が行われている真っ最中で、豊かなバリエーションを誇る103系は勿論、201系のラッピング車も数多く現れるようになって、随分賑やかな路線になったなあいう気がしますね。
別に特急や貨物が走る訳でもないが、通勤電車しか走らない複線の路線としては阪和線と共に相当面白い存在であると思います。
写真は環状線の撮影名所での賑わいの様子。このうち青201系は本線筋での運用が終了した今、
関西で稼働しているのはこの1本のみなので貴重な存在となってしまいました。撮影の場所は間もなく名物の桜も開花して訪れる人も増えると思うが、狭い場所なので撮影の際は特にご注意を。
2007年03月14日
久しぶりの京都線特急
先日仕事で梅田から京都へ行く際、久しぶりに
京都線特急を利用した。
最近は行き先にもよるが、JRの新快速利用が多かったので
結構新鮮な気分。できれば9300系に当たりたかったが、
やってきたのはおなじみの6300系。登場から30年も経つので
見た目はそう感じなかったが、乗るとさすがに
ややくたびれた感は免れない。
でもやっぱりターミナルから座れるのはいいなあ‥
しかしそう思っていたのは最初までで、京都まで直通する身になると、
流石に途中停車駅の多さがやはり気になる。
(昔の京阪間無停車時代を知ってる者にとっては)
聞くとこの3月17日からは快速特急の廃止と、
特急の淡路停車が追加されるらしい。
となると、現6300系2扉車は更に使い辛くなるのは明白なので、
今後の動向が気になるところ。
写真は2800系からバトンを受け継いだ頃の6300系特急。

下2枚は最近の撮影で、消滅する快速特急と今後運用減が予測される
6300系使用の特急。

京都線特急を利用した。
最近は行き先にもよるが、JRの新快速利用が多かったので
結構新鮮な気分。できれば9300系に当たりたかったが、
やってきたのはおなじみの6300系。登場から30年も経つので
見た目はそう感じなかったが、乗るとさすがに
ややくたびれた感は免れない。
でもやっぱりターミナルから座れるのはいいなあ‥
しかしそう思っていたのは最初までで、京都まで直通する身になると、
流石に途中停車駅の多さがやはり気になる。
(昔の京阪間無停車時代を知ってる者にとっては)
聞くとこの3月17日からは快速特急の廃止と、
特急の淡路停車が追加されるらしい。
となると、現6300系2扉車は更に使い辛くなるのは明白なので、
今後の動向が気になるところ。
写真は2800系からバトンを受け継いだ頃の6300系特急。
下2枚は最近の撮影で、消滅する快速特急と今後運用減が予測される
6300系使用の特急。
2007年03月12日
今更デジタル?
すっかり鉄道写真界でも定着した感のあるデジタルカメラですが、
私個人としては未だ100%デジタルという訳ではなく、
鉄道写真に限って言えば、ここ一番という撮影には
ポジを引っ張り出している始末‥
鉄道以外の撮影等ではデジタルの依頼が
多かったりするのですが、
やっぱり保存の事や、RAW現像の手間を考えてしまうと、
「やっぱり手馴れた銀塩もいいや」と思ってしまうのです。
しかしデジ一眼も性能、価格的にも充分納得できるレベルに
あるのは事実で、中古機に至っては破格値とも思える
カメラもあるから悩ましいモノです。
写真はデジの予備機に1年前購入したEOS10Dによる撮影。
さすがに細かい点を挙げれば最新機に劣る部分はあるが、
適度な画素数と安くなったメディアのおかげで
かなり使い勝手の良いカメラです。

私個人としては未だ100%デジタルという訳ではなく、
鉄道写真に限って言えば、ここ一番という撮影には
ポジを引っ張り出している始末‥
鉄道以外の撮影等ではデジタルの依頼が
多かったりするのですが、
やっぱり保存の事や、RAW現像の手間を考えてしまうと、
「やっぱり手馴れた銀塩もいいや」と思ってしまうのです。
しかしデジ一眼も性能、価格的にも充分納得できるレベルに
あるのは事実で、中古機に至っては破格値とも思える
カメラもあるから悩ましいモノです。
写真はデジの予備機に1年前購入したEOS10Dによる撮影。
さすがに細かい点を挙げれば最新機に劣る部分はあるが、
適度な画素数と安くなったメディアのおかげで
かなり使い勝手の良いカメラです。
2007年03月10日
ハセハイその2
この撮影地を榛原方から眺めてみると、長谷寺方に比べると
まだそんなに変化は無いと思います。
しかし特徴的な棚田は現在休耕田になっていて、時期によっては
雑草が生い茂ってしまい、撮影困難な時もあるようです。
モノクロの写真は1985年5月頃で、12200系6連の名阪ノンストップ特急の雄姿。
アーバンライナー登場前ですが、既に乗客数は回復基調に
入っていて、多客時にはこのような編成も珍しくありませんでした。

もう1枚は1987年3月撮影、18200,18400系による京伊特急で、
この組み合わせで運転されていた事が多かったように思います。

最後は最近の写真で、ビスタEX30000系の重連による
阪、京伊併結特急。このアングルは棚田以外そんなに
変わっていないのがわかると思います。

まだそんなに変化は無いと思います。
しかし特徴的な棚田は現在休耕田になっていて、時期によっては
雑草が生い茂ってしまい、撮影困難な時もあるようです。
モノクロの写真は1985年5月頃で、12200系6連の名阪ノンストップ特急の雄姿。
アーバンライナー登場前ですが、既に乗客数は回復基調に
入っていて、多客時にはこのような編成も珍しくありませんでした。
もう1枚は1987年3月撮影、18200,18400系による京伊特急で、
この組み合わせで運転されていた事が多かったように思います。
最後は最近の写真で、ビスタEX30000系の重連による
阪、京伊併結特急。このアングルは棚田以外そんなに
変わっていないのがわかると思います。
2007年03月07日
近鉄の撮影地 ハセハイ
中学生になって真っ先に通った撮影地が、近鉄大阪線の
有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。

また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。

有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。
また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。
2007年03月05日
初めての交換レンズ
私が始めて買った一眼レフカメラが、オリンパスのOM-1でした。
当時の中学生のカメラ小僧にとっては
ニコンF2やキヤノンF1といったカメラは流石に手に届き難い存在で
ごく普通の選択だったと思います。
それでも交換レンズを何本もそろえるなんてとても無理で、
欲しかった望遠レンズを手に入れた時は、そればっかり持って
撮影に出かけてたのを思い出します。
写真は1981年の京阪本線大和田駅で、格下げ3扉化された1900系が
正月臨時特急で復活していた頃のものです。
カメラはOM-1+200mmF4、トライXというのが、
当時の私にとって標準的な装備でした。
この場所は今では京阪電車の撮影地として、最もカメラマンが集中する場所ですが、
この時は私を含めて2名でのんびりしたものでした。


当時の中学生のカメラ小僧にとっては
ニコンF2やキヤノンF1といったカメラは流石に手に届き難い存在で
ごく普通の選択だったと思います。
それでも交換レンズを何本もそろえるなんてとても無理で、
欲しかった望遠レンズを手に入れた時は、そればっかり持って
撮影に出かけてたのを思い出します。
写真は1981年の京阪本線大和田駅で、格下げ3扉化された1900系が
正月臨時特急で復活していた頃のものです。
カメラはOM-1+200mmF4、トライXというのが、
当時の私にとって標準的な装備でした。
この場所は今では京阪電車の撮影地として、最もカメラマンが集中する場所ですが、
この時は私を含めて2名でのんびりしたものでした。
2007年03月01日
2007年02月22日
2006年12月23日
2006年12月21日
2006年11月13日
2006年11月10日
2006年11月08日
西へ向かうトワイライト
2006年11月07日
2006年11月03日
ボンネット再び
2006年11月02日
2006年10月29日
2006年10月24日
当時の大阪線急行車Ⅱ
2600系、2680系と4扉クロスシート車が登場しましたが、これらの車両はあくまで団体、通勤兼用車の位置付けであり、定期の長距離急行を置き換えるまでには至りませんでした。
しかし入れ替わりに、団体運用にもよく就いていた2200系(旧)のクロスシート車達が廃車されていくことになりますが。
1972年末には2610系が、大阪線、名古屋線の長距離急行の旧型車達を完全置き換えすべく登場します。基本的には先の2600系の設備を踏襲してますが、補助いすの廃止とあまりに狭かった座席の改善をおこない、通勤輸送をより考慮した構造に改変されました。

翌1973年にはクーラーキセの変更と、行先表示器を取り付けた2次車が登場しますが、これにより大阪線の長距離急行の新性能化が完了します。更に名古屋線の旧型車を置き換えるべく増備が続けられ、最終的に4連×17編成が製造されました。
置き換え直後は2611~2620が大阪線、2621以降の編成が名古屋線所属とされ、大阪、名古屋~伊勢間の急行専用車となりましたが、時折お互いの領域を走る姿も見かけました。
現在2600.2680系は既に廃車、鮮魚車格下げとなってしまいましたが、2610系はロング化(一部はLC化)されたものの、まだまだ大阪・名古屋線の主力で活躍中です。
左は1978.10撮影で宇治急運用中の名古屋線所属車。右は2006.10撮
しかし入れ替わりに、団体運用にもよく就いていた2200系(旧)のクロスシート車達が廃車されていくことになりますが。
1972年末には2610系が、大阪線、名古屋線の長距離急行の旧型車達を完全置き換えすべく登場します。基本的には先の2600系の設備を踏襲してますが、補助いすの廃止とあまりに狭かった座席の改善をおこない、通勤輸送をより考慮した構造に改変されました。
翌1973年にはクーラーキセの変更と、行先表示器を取り付けた2次車が登場しますが、これにより大阪線の長距離急行の新性能化が完了します。更に名古屋線の旧型車を置き換えるべく増備が続けられ、最終的に4連×17編成が製造されました。
置き換え直後は2611~2620が大阪線、2621以降の編成が名古屋線所属とされ、大阪、名古屋~伊勢間の急行専用車となりましたが、時折お互いの領域を走る姿も見かけました。
現在2600.2680系は既に廃車、鮮魚車格下げとなってしまいましたが、2610系はロング化(一部はLC化)されたものの、まだまだ大阪・名古屋線の主力で活躍中です。
左は1978.10撮影で宇治急運用中の名古屋線所属車。右は2006.10撮
