2007年03月07日
近鉄の撮影地 ハセハイ
中学生になって真っ先に通った撮影地が、近鉄大阪線の
有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。

また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。

有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。
また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。
