トミヤマ・ファクトリー オヤジのカメラ日記。主に鉄成分高いが基本は雑食性。

荷物、鮮魚列車の車両

私が物心ついた頃、近鉄の旧型車に興味を持ち、拙いながらも写真に残していたので発表させてもらいます。
当時(1976年頃)、近鉄大阪線の旧型車達は名古屋線に移って行った2250系を除いて一般営業車からは引退し、一部車両が電動貨車や救援車として僅かに残るという状態でした。
私が記録を始めた1976年春頃は、ちょうどモ1400、モ2200がモワ10に、ク1500がクワ50にと改番されはじめた頃でした。
最期の2200系 モ2237 1976.7.16モワ18-モ2237 荷物電車 
手元の記録をみると、4月頃から改番車が鮮魚列車や荷物電車に使用されはじめ、6月末頃には改番を終えているようです。
その中で2200系のモ2237と、ク1320形ク1321だけがそのまま使用されてましたが、モ2237は1977年2月にモワ22に改番(二代目、元のモワ22=モ2233は改番と同時に廃車、高安工場入換車に)されてしまい、長い2200系の歴史に終止符が打たれてしまいました。
モ2237先頭、2250系も加えた6連
上の写真は通常4連の鮮魚列車が、名古屋線で活躍中の2250系を加えた6連で走る姿。まるで少し前の宇治急のような編成だが、2250系の高安への回送を兼ねて、時折このような編成を見かけました。

鉄道 | 投稿者 トミヤマ 19:31 | コメント(0)| トラックバック(0)

鮮魚列車のこと

近鉄には他社には余り例をみない列車、「鮮魚列車」 が上本町ー松阪間に運転されています。結構古くから運転されている列車だが、現在は元急行型の2680系が専用車として使用されています。
私が物心のついた頃(1976年頃)は、当時の一般車である1400系や2200系といった車両達が、
国分~関屋間の仮線をゆく元奈良電、ク1322を先頭に

荷物電車との共通運用で使用されていました。
その頃は新青山トンネルも開通して、大阪線から旧型車が一掃されようとしている頃であったが、唯一営業列車として新青山トンネルを抜ける旧型電車は貴重な存在でした。
左写真はモワ22(元参急2227型モ2237)を先頭にした松阪行き、右写真はク1322(元奈良電デハボ1350型)を先頭にした上本町行きです。
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 01:14 | コメント(0)| トラックバック(0)

雷鳥のスペル

ボンネット車の愛称文字板時代には、何故かスペル違いが存在していたのは有名でした。当時のネガを探してたら幸い出てきたので写真をあげてみました。少し見難いですが、
左の写真が「RAICYO]  右が「RAICHO」となってます。
RAICYOバージョン一応正規?の雷鳥

撮影時期はどちらも1980年7月頃ですが、ボンネット車にも絵入りマークが導入される1982年まで併用されていたと思います。
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 01:01 | コメント(0)| トラックバック(0)

珍雷鳥

まもなく終焉を迎える485系雷鳥。昭和39年末のデビュー以来多少の変動はあっても、基本的に481,485系列で運用されてきたのは凄いことだと思う。
しかし同一系列といってもさすがに40年以上も運転されていたら、色んな色や形のバリエーションが存在したのはご存知のとおり。

一見クハ151に見える?
写真のボンネットクハ481、実はなぜかヒゲがない。ヒゲなしクハというと、九州運用車や九州から転属した常磐線運用車が有名だが、昭和53年頃向日町所属車にも存在した時の記録。

愛称板バリエーション
ボンネット雷鳥愛称板バリエーション。他にもスペル違いも存在した。


鉄道 | 投稿者 トミヤマ 13:42 | コメント(0)| トラックバック(0)

475系のこと。

最近リバイバル運転が話題の475系だが、私が写真を撮り始めた頃はまだ「立山」「ゆのくに」等で急行運用で頑張ってました。
しかしダイヤ改正の毎に「雷鳥」に格上げされてゆき、1980年頃には姿を消してしまいました。
デビュー直後の117系との離合475系 急行運用中

急行時代も末期には裾帯を失ったり、ビュフェ車廃止やグリーン車の減車があって、急行電車としての風格をしだいに失ってゆきました。しかし関西の急行電車としては最後まで愛称版を失わなかった等、独特の存在感を発揮してたように思います。
小型の愛称版に変更後
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 00:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

続、ビスタカーのこと

新ビスタカー10100系には非貫通、貫通と2種類の顔があり、そのどちらも良くまとまったデザインだなと思う。一般的には流線型の非貫通タイプ、それも前パンのA編成が人気だとは思うが、個人的には前面展望にも優れた貫通タイプも相当魅力的だと思うがどうでしょう?
最晩年の10100系C編成 
戦前の名車、2200系を彷彿させる特徴的なウインク・スタイルは、先代の10000系貫通タイプの、中間車然とした顔に比較して格段の進歩ではないでしょうか。

ただあの特徴的な星型特急マーク、あのサイズで電照タイプ。子供心にも着脱は大変だろうな、と思っていたら、同タイプの新、旧エースカーはやはり別のものに交換されてゆきました。
新エースカー 更新改造前改造後の旧エースカー
しかし本家の10100系は改造されることなく廃車されてしまいましたが、更新されたタイプも少しは見てみたかった気もします。
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 22:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

ビスタカーのこと。

少し前に近鉄ビスタカーの模型製品化が、Nゲージの量販メーカーであるKATOとアリイから発表された時、正直「何故に今頃ビスタカー?」と思ったものだ。昔から人気、実力とも高く評価されてた名車であるが、タイミング的には遅すぎではないのと感じたからだ。
晩年のV9編成、宇治山田にて。

まあ人気車両といっても私鉄電車、連接車両、現車無しという状況では、「よくぞ出してくれました!」と感謝するべきところなんだろうけれど‥ しかし保存されなかったのは今でも解せない。

個人的には初代ビスタの10000系は一度も実車を見たことがないが、二世の新ビスタは当時沿線に住んでいた事もあり、まさに憧れの特急車両でした。だが通常はワンユニットの3両編成や、一般特急車との併結で走る事が多く、稀に全盛時代を彷彿させる6両編成を見かけると何故か得した気分になったものでした。それが引退に際してABCフル編成によるお別れ運転が何度か行われた時は、
友人達(当時鉄友はクラスに結構いた)と体験乗車したり、沿線に撮影へと繰り出してました。
大阪線でも運転されたV9編成
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 22:24 | コメント(0)| トラックバック(0)

阪和、大和路も今が旬。

環状線、大和路線の103系の動きだけが賑やかだけではなく、113系や201系の動きもめまぐるしい。
最近阪和線からは既に消滅した新快速色が復活した思ったら、瀬戸内、湘南、現行色等と究極とも言える混結編成が時おり走っているようだ。阪和線といえば、一昔前はその車種の豊富さで有名だったが、今もその伝統は健在というところか。
4色編成 8月23日撮影

また201系の本線運用もいよいよ撤退が目前に迫り、転入先である森之宮電車区の201系も目立って増えてきた。まだ原則として大和路線運用には入らないのだが、ダイヤの乱れの影響等で
頻繁に入線しているのは先に書いたとうりで、スカイブルーの201がやってくるとなんとなく嬉しい。
201系大和路線運用
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 01:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

103王国

自慢ではないが家の近所は今103系をウォッチングするには抜群の環境だ。大和路線のウグイス色は勿論のこと、環状線のオレンジ色も朝夕快速運用で頻繁にやってくる。またちょっと足を伸ばせば阪和線のスカイブルー色も、という所に住んでいる。これが最近は本線筋の321系投入に伴う、環状線への201系の転入、阪和線への205系の転入等で、少々事情が変わってきてしまった。
大和路線にも201系の姿をよく見かけるようになって、最近はホーム端なんかで撮り鉄をよく見かけるようになったと思う。
野田駅での離合風景

環状線への201系転入ペースも進み、オレンジ、スカイブルーの混在もしばらくは続くとの事。また103系自体の変動も激しい。それに加えてラッピング車も数多く存在するから記録する方もホント大変だ。でもこの賑わいもいつまで続くことやら‥
大和路線をゆくオレンジ103系
鉄道 | 投稿者 トミヤマ 23:50 | コメント(0)| トラックバック(0)

ヤマから来た機関車

何気なく撮影した写真が、後で貴重な記録になる事がある。逆にいつでも撮れると思っていたら、結局後で後悔する事態に陥る事もまた多い。まあ私の場合は断然後者のケースだが‥

関西に住んでいた私にとって、あまりなじみの無い機関車といえば、赤い交流電気と、いわゆるヤマ線用のEF62,EF63といった機関車でした。

それが東海道、山陽本線からEF58が定期荷物列車から退役するにあたって、EF62が後を引き継ぐと聞いた時は結構驚いたのを思い出す。
しかし当時としてはやはりEF58の方が、被写体として優先度が高かったのは否めない。EF62 22牽引のお座敷列車。
しかしEF62自体の活躍も短期間で終了してしまい、私自身鉄道写真から興味が薄れていた時期なので、まともな記録も残せぬままで終わったのはホントに残念でしかたない。
挙げた写真は唯一手元に残っていた、東海道本線で活躍するEF62の姿です。
しかし、違和感あるなぁ‥東海道を上るEF62

鉄道 | 投稿者 トミヤマ 01:46 | コメント(4)| トラックバック(0)

30年前の塚本。

やはりお手軽な撮影地塚本。山崎と同時期の写真だが、あんまり変わってない印象。ボンネット車はまだまだ原形を保っていて、我々の年代にはやはり文字板の方がしっくりくる。
ほぼ原形のボンネット車
1981年5月

鉄道 | 投稿者 トミヤマ 00:13 | コメント(0)| トラックバック(0)

最初が肝心というが。

とりあえずは初めてみたものの、最近は仕事に追われてあんまり撮影には出かけてない。当然のっけるような写真もない。
しかし暇をみつけてはポジの整理を兼ねて、スキャンしながらのお蔵出し。これは楽しい。大掃除を始めたら、古い雑誌やアルバムに見入って中々進まないのに似ている。

撮り鉄なら小、中学生の頃は、やっぱり身近な駅撮りから入る人が大半だとは思うが、私の場合は東海道線の山崎周辺の写真が昔からかなり多い。昔から雑誌にも掲載されていて、駅から近く本数や種類が他を圧倒するものがあったからだろう。

その当時(1980年前後)からあまり変わらない姿で頑張っているのがサシ組込み、フル編成のころ。1980年3月撮影485系の雷鳥。まもなく姿を消すのだが、当時の撮影対象としては、あまりに数が多すぎてそんなに重視してなかったのは事実。自分の中ではボンネット車が消えた時点で、時代が終わった感が強かったのだが、でも消えるとなったらやっぱり寂しい‥
日記 | 投稿者 トミヤマ 17:12 | コメント(0)| トラックバック(0)
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