2007年03月23日
桜ノ宮での賑わい
一昔前の大阪環状線といえば、オレンジ色の103系電車と時折やってくる関西線色の113系ばかりで、正直面白みに欠ける印象が強かったと思います。
しかし現在主力車の交代が行われている真っ最中で、豊かなバリエーションを誇る103系は勿論、201系のラッピング車も数多く現れるようになって、随分賑やかな路線になったなあいう気がしますね。
別に特急や貨物が走る訳でもないが、通勤電車しか走らない複線の路線としては阪和線と共に相当面白い存在であると思います。


写真は環状線の撮影名所での賑わいの様子。このうち青201系は本線筋での運用が終了した今、
関西で稼働しているのはこの1本のみなので貴重な存在となってしまいました。撮影の場所は間もなく名物の桜も開花して訪れる人も増えると思うが、狭い場所なので撮影の際は特にご注意を。
しかし現在主力車の交代が行われている真っ最中で、豊かなバリエーションを誇る103系は勿論、201系のラッピング車も数多く現れるようになって、随分賑やかな路線になったなあいう気がしますね。
別に特急や貨物が走る訳でもないが、通勤電車しか走らない複線の路線としては阪和線と共に相当面白い存在であると思います。
写真は環状線の撮影名所での賑わいの様子。このうち青201系は本線筋での運用が終了した今、
関西で稼働しているのはこの1本のみなので貴重な存在となってしまいました。撮影の場所は間もなく名物の桜も開花して訪れる人も増えると思うが、狭い場所なので撮影の際は特にご注意を。
2007年03月14日
久しぶりの京都線特急
先日仕事で梅田から京都へ行く際、久しぶりに
京都線特急を利用した。
最近は行き先にもよるが、JRの新快速利用が多かったので
結構新鮮な気分。できれば9300系に当たりたかったが、
やってきたのはおなじみの6300系。登場から30年も経つので
見た目はそう感じなかったが、乗るとさすがに
ややくたびれた感は免れない。
でもやっぱりターミナルから座れるのはいいなあ‥
しかしそう思っていたのは最初までで、京都まで直通する身になると、
流石に途中停車駅の多さがやはり気になる。
(昔の京阪間無停車時代を知ってる者にとっては)
聞くとこの3月17日からは快速特急の廃止と、
特急の淡路停車が追加されるらしい。
となると、現6300系2扉車は更に使い辛くなるのは明白なので、
今後の動向が気になるところ。
写真は2800系からバトンを受け継いだ頃の6300系特急。

下2枚は最近の撮影で、消滅する快速特急と今後運用減が予測される
6300系使用の特急。

京都線特急を利用した。
最近は行き先にもよるが、JRの新快速利用が多かったので
結構新鮮な気分。できれば9300系に当たりたかったが、
やってきたのはおなじみの6300系。登場から30年も経つので
見た目はそう感じなかったが、乗るとさすがに
ややくたびれた感は免れない。
でもやっぱりターミナルから座れるのはいいなあ‥
しかしそう思っていたのは最初までで、京都まで直通する身になると、
流石に途中停車駅の多さがやはり気になる。
(昔の京阪間無停車時代を知ってる者にとっては)
聞くとこの3月17日からは快速特急の廃止と、
特急の淡路停車が追加されるらしい。
となると、現6300系2扉車は更に使い辛くなるのは明白なので、
今後の動向が気になるところ。
写真は2800系からバトンを受け継いだ頃の6300系特急。
下2枚は最近の撮影で、消滅する快速特急と今後運用減が予測される
6300系使用の特急。
2007年03月12日
今更デジタル?
すっかり鉄道写真界でも定着した感のあるデジタルカメラですが、
私個人としては未だ100%デジタルという訳ではなく、
鉄道写真に限って言えば、ここ一番という撮影には
ポジを引っ張り出している始末‥
鉄道以外の撮影等ではデジタルの依頼が
多かったりするのですが、
やっぱり保存の事や、RAW現像の手間を考えてしまうと、
「やっぱり手馴れた銀塩もいいや」と思ってしまうのです。
しかしデジ一眼も性能、価格的にも充分納得できるレベルに
あるのは事実で、中古機に至っては破格値とも思える
カメラもあるから悩ましいモノです。
写真はデジの予備機に1年前購入したEOS10Dによる撮影。
さすがに細かい点を挙げれば最新機に劣る部分はあるが、
適度な画素数と安くなったメディアのおかげで
かなり使い勝手の良いカメラです。

私個人としては未だ100%デジタルという訳ではなく、
鉄道写真に限って言えば、ここ一番という撮影には
ポジを引っ張り出している始末‥
鉄道以外の撮影等ではデジタルの依頼が
多かったりするのですが、
やっぱり保存の事や、RAW現像の手間を考えてしまうと、
「やっぱり手馴れた銀塩もいいや」と思ってしまうのです。
しかしデジ一眼も性能、価格的にも充分納得できるレベルに
あるのは事実で、中古機に至っては破格値とも思える
カメラもあるから悩ましいモノです。
写真はデジの予備機に1年前購入したEOS10Dによる撮影。
さすがに細かい点を挙げれば最新機に劣る部分はあるが、
適度な画素数と安くなったメディアのおかげで
かなり使い勝手の良いカメラです。
2007年03月10日
ハセハイその2
この撮影地を榛原方から眺めてみると、長谷寺方に比べると
まだそんなに変化は無いと思います。
しかし特徴的な棚田は現在休耕田になっていて、時期によっては
雑草が生い茂ってしまい、撮影困難な時もあるようです。
モノクロの写真は1985年5月頃で、12200系6連の名阪ノンストップ特急の雄姿。
アーバンライナー登場前ですが、既に乗客数は回復基調に
入っていて、多客時にはこのような編成も珍しくありませんでした。

もう1枚は1987年3月撮影、18200,18400系による京伊特急で、
この組み合わせで運転されていた事が多かったように思います。

最後は最近の写真で、ビスタEX30000系の重連による
阪、京伊併結特急。このアングルは棚田以外そんなに
変わっていないのがわかると思います。

まだそんなに変化は無いと思います。
しかし特徴的な棚田は現在休耕田になっていて、時期によっては
雑草が生い茂ってしまい、撮影困難な時もあるようです。
モノクロの写真は1985年5月頃で、12200系6連の名阪ノンストップ特急の雄姿。
アーバンライナー登場前ですが、既に乗客数は回復基調に
入っていて、多客時にはこのような編成も珍しくありませんでした。
もう1枚は1987年3月撮影、18200,18400系による京伊特急で、
この組み合わせで運転されていた事が多かったように思います。
最後は最近の写真で、ビスタEX30000系の重連による
阪、京伊併結特急。このアングルは棚田以外そんなに
変わっていないのがわかると思います。
2007年03月07日
近鉄の撮影地 ハセハイ
中学生になって真っ先に通った撮影地が、近鉄大阪線の
有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。

また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。

有名撮影地、長谷寺~榛原間の通称「ハセハイ」でした。
最初に訪れた1978年頃には宇治急2200系の姿は既になく、
10100系も最後の活躍をして、車両的には若干魅力に
乏しくなっていた頃でしたが。
それでも頻繁にやってくる特急車達が、33‰の勾配をものともせず
高速で行き来する様を観たくて、その後も数え切れない程
通うようになりました。
写真は1982年頃のもので、10連の区間快速急行には
奈良線用8810系が組み込まれています。
また当時は木々も成長してなくて、大阪方からも50mmレンズで
10両編成の電車も楽に収めることが出来たものでした。
ちなみに最近の写真を1枚。大阪方からは撮影するには、
このようなアングルでしか困難になっています。
2007年03月05日
初めての交換レンズ
私が始めて買った一眼レフカメラが、オリンパスのOM-1でした。
当時の中学生のカメラ小僧にとっては
ニコンF2やキヤノンF1といったカメラは流石に手に届き難い存在で
ごく普通の選択だったと思います。
それでも交換レンズを何本もそろえるなんてとても無理で、
欲しかった望遠レンズを手に入れた時は、そればっかり持って
撮影に出かけてたのを思い出します。
写真は1981年の京阪本線大和田駅で、格下げ3扉化された1900系が
正月臨時特急で復活していた頃のものです。
カメラはOM-1+200mmF4、トライXというのが、
当時の私にとって標準的な装備でした。
この場所は今では京阪電車の撮影地として、最もカメラマンが集中する場所ですが、
この時は私を含めて2名でのんびりしたものでした。


当時の中学生のカメラ小僧にとっては
ニコンF2やキヤノンF1といったカメラは流石に手に届き難い存在で
ごく普通の選択だったと思います。
それでも交換レンズを何本もそろえるなんてとても無理で、
欲しかった望遠レンズを手に入れた時は、そればっかり持って
撮影に出かけてたのを思い出します。
写真は1981年の京阪本線大和田駅で、格下げ3扉化された1900系が
正月臨時特急で復活していた頃のものです。
カメラはOM-1+200mmF4、トライXというのが、
当時の私にとって標準的な装備でした。
この場所は今では京阪電車の撮影地として、最もカメラマンが集中する場所ですが、
この時は私を含めて2名でのんびりしたものでした。
